その時の私は、とある書籍から、人間の身体には神聖幾何学の図形が深く関わっている、という情報に夢中になっていた。
その書籍によれば、「身体にある神聖幾何学の図形が整えは、身体の不調和取り除かれ、健やかになる」とあった。
もし私が、この図形についてわかれば、現在の家族が抱える身体的壊滅状態から回復し、治癒に至るに違いない。
そう考えて、私はその詳細を知るために神聖幾何学の法則に会いに行った。誰かに聞くより、実際に法則そのものに会いに行き、直接指導してもらう方が確実で、すぐに結果が出ると考えたからだ。
私はすぐに、神聖幾何学の法則に会いに行った。
私は神聖幾何学の法則に、
『このような状態になった身体を、本来の健やかな状態に戻すには、どのようにしたら良いのか教えて下さい。』と尋ねた。
神聖幾何学の法則は、次のように答えた。
『新しい視座を得よ』
答えはそれ以外になかった。
神聖幾何学にお礼を伝えた後、ひとまず、『視座』とは何か。それを調べることにした。この時の私は、『視座』とは何か全く知らなかったし、その言葉そのものも初めて聞くものだった。また、今はわからなくとも、この、神聖幾何学が教えた、『新しい視座』というものを得た後、もう一度、聞きに行けばいいと考えた。まずは、視座からだ。私はすぐに取り掛かった。
私はその後、視座とは、幾何学用語であることを知り、それは、起点、方向をもつベクトルに関する用語だとわかった。超感覚的な状態から、この視座を変更するにあたって、適切なものは何か、いまとは異なる『新しい視座』がそれだと分かるのにはどうしたらいいか、研究を始めた。
これが、私が神聖幾何学を始めたきっかけである。
