ながい長い本当の話1

ながい長い本当の話1

もともと、この研究と技術の研鑽を始めたきっかけは、家族の深刻な身体的状態を回復させるためだった。その研究や技術で、何かになろうとか、そういった考えは一切なかった。ただ自分には、家族の状態の改善、完治、治癒のための方法で、できることはこれしかなかった。

家族の身体的状態は、現在の医療による回復は不可能とされ、持ってあと2、3年と言われた。その間も、入退院を繰り返し、衰弱していくだろうとも言われた。

だが、そうはならなかった。

24時間、365日、寝ても起きても、ひたすら看護と介護を続けて、気が付いたら15年経っていた。ほぼ一人で全部をこなし、入浴サービス以外、ヘルパーさんは頼まなかった。自分が見ていない間の状態に、家族の何らかの重要な変化を見逃すのが怖かったのもあったし、全て自分でできるよう、回復期の病院でトレーニングを積んで、自宅へ戻ってきたというのもあって、看護も介護もそれ自体困ることはなかった。

私にとって、そこはさほど重要ではなかった。自分でできる家族の手伝い自体は問題ではない。ただ、どうやって、また、どうしたら、『完治』させられるのか。そこはどこまでも未知の領域で、ただそれだけを考えて、それを目標に今、その時にできることをやり続けてきた。

家族も、それに応えてくれていた。常に諦めず、いつも、どうしたら良くなるか、何一つ出来なくなった状態にあっても、希望を失うことなく、共にそれを探した。これが効果があると聞けば、共にそれを試し、結果が出なければ、また次を試す。ある程度効果があっても、完治までいかないとわかれば、また、継続しつつ、次を探す。それにずっと付き合ってくれていた。おそらく、文句もあったろうが、それを言うこともできない状態だったからもあって、我慢してくれていたのかもしれない。

身体的症状のいくつかは、確かに改善が進み、発症後失明状態だった目も以前のように見えるようになっていたし、退院後も体温が37度以上が何年も続いていたが、数年で36度台に落ち着くようになった。顔の表情筋も動かせるようになり、それによって家族以外にも意思疎通が可能になった。

確かに数年を経て改善はしたが、自分や家族が望む『治癒』の状態とは程遠い。きっと、そこに至るための何か有効な方法があるに違いないと、様々な治療アイテム、器具を取り寄せ、また自作の用品などを製作しては、試した。

家族が急性期の病院に入院中、治癒の状態を目指して、何らかの身体的改善ができるよう、知人の勧めで変性意識の状態で症状改善が可能になるという講座を受講した。ベッドのそばから離れることがなかったこともあり、受講した内容をさらに独学でやり続けた。習うより慣れろ。結果が全てと決意して、ただひたすらにやり続けた。

家計は、家族が倒れてすぐ仕事を退職して、完全に介護と看護に集中していたので、だんだん生活の資金がなくなってきた。一年ほどして、個人セッションという名で、希望者に自分が普段、看護と介護、症状改善のために使っている手法を用いた相談を受けることにした。相談内容は様々だったが、始めた頃の依頼は、亡くなった方がどうしているか、というものが多かった。

亡くなった方が、困ったりしていたら、助けて欲しい、という依頼。亡くなった方からのメッセージが欲しい、亡くなった後、どうしているのか。苦しんでないか、無事なのかどうか。内容はいろいろだったが、それらの依頼に応えて、亡くなった方の手助け、手伝いをした。

私が確認した内容について、それが間違いないのか、というのは、その方の状況や、特徴、短いメッセージを伝えたときに、依頼者の方の反応でわかる。その様子を見ていると、正確に情報を伝達できているようだった。また、依頼者の方達から大変喜ばれているところを見ると、無事、その方を見つけて、手伝えているのだなと感じていた。

この時の経験から、亡くなった後、人はどうなるのか。そのことについて理解が深まった。

人は亡くなった後、どうなるのか。

これは私の体験からの話だ。
人は、おそらく亡くなった時のその人の想念、その人の思いのままの状態になる。亡くなった後、その人の思いが変更されることはごく稀であり、その亡くなった時の思いのままがずっと続く。

だから、たとえば、この世界が嫌でこの世界から逃れたいと思って亡くなった場合、その状態から解放されるかどうかはわからない。なぜなら、その時点でその人が持っていた全ての思いのまま、それがずっと続くことになるからだ。その時の、その人の認識そのものが変更されることはなく、それがずっと、ずっと続く。基本、亡くなった後、その人の思っている認識の状態に変化をもたらすことは本当に難しい。

それは、亡くなった後の世界が、意識の世界、認識の世界、思いの世界になるからだ。自分がこうだと思っていること以外は、その人の認識の範囲に入らない。それ以上のものも、それ以下のものも自分の認識には入らない。だから、その認識の位置から、より真の真実へと向かうと言うのは、ここ以上に相当に努力が必要になる。私たちが考える以上に、相当に難しい。その理由は、まず、気付くと言うことが不可能に近くなるから、それを自分の全てで常に願い、その状態に在らんとする習慣がなければ、この認識を超えた真実があること自体に気付くことがない。気付かなければ、その認識を変更することはできない。

全てにおいて、心から満足し、不安も、不足もなく、ただ感謝と全てへの尊敬と敬意があるなら、その状態が何にも邪魔されることなく、ずっと続くことになる。その逆もまた然りである。

状態としては様々に入り乱れるこの世界は、いろいろな状態の人やものが存在する。自分の認識とは異なるものに触れることができる。その状態によって、自分の考えや認識を、誰かや、何かのきっかけで変更することができる。また、今わかっている以上の、真の真実や真の智慧などを実際に聞くことも学ぶこともできる。人は、それらの経験を通して、『なるほど』と得心し、より好ましい状態へ移行することも、その思いに至ることも可能だ。拒絶しない限り、自分の考えに少しづつ変更をかけて、より自分にとって望ましい、より心が穏やかで、より真実に近い考え方を受け入れ、自分の考えや思いに変更をかけていくことができる。

この世界には、様々な不合理があるとともに、また、自分の認識の変更という大きな恩恵が用意されている場所だと言える。この世界で生きているときに、これをどう活かし、最大限に活用できるのかどうか。それは本当に重要なことだ。

なぜなら、それはこの世界を去って認識の世界へ移行すると、認識の変更が不可能に近いほど制限されるからだ。これまで出会った亡くなった方たちの様子からそれは間違いない。

依頼によって、訪ねた亡くなった人たちは皆、自分のそれまでの認識、心の状態のまま、それをひたすら繰り返していた。多くの人が自分自身の思い、思考、とらわれた認識によって、不自由な状態にあった。亡くなって、その状態から解放されることが可能であるにもかかわらず、その場にとどまり、身動きできない。それをしかたがないと思う人がたくさんいた。

自分の認識という『檻』の状態を自分で作り、そこから出られなくなっている。檻はその人の認識でできている。その人が檻となっている認識を手放せば、即、解放され、真の自由を得られるのに、檻の中にいて制限のある状態を『これはしかたがない』、『ここしかない』、『この状態以外にない』、と決めて、出ることをしなかった。

そういった思いの制限を、それぞれの人に合わせてほどき、その状態から解放されるように手伝う。その結果、檻も、認識も、その人の真実の状態へ変更される。そして、より拡大した意識へと移行し、最終的には、この宇宙全体の意識へと融合していく。その様子は魂の浄化と変容と呼べるプロセスであるように感じ、状態の変化自体、全てにおいて荘厳な魂の真実が現れていた。

このプロセスが完了した後、その人は、個としての人の状態はあるが、全体とのつながりが回復し、非常に静かで穏やかさと平安が魂に満ちている。これが人の魂としての本来の有り様であることに疑いの余地はなかった。それを垣間見ることができることに、いつも感謝しつつ、全ての人が、いつかこのようになるのだとも感じた。

このような体験から、私は、この世界で、できる最良のこととは、常に真の真理を自分の認識とすることに全力を尽くすことだと学んだ。その大切なことを、私は亡くなった方の姿を通してはっきりと知ることができた。このことが、より多くの人の共通認識となればと願っている。

その道のりは、人によって様々であろうし、どのくらい時間がかるのかはわからない。ただ、ここに至る道もまた、その人の望むようにあるのだろうと言うことは間違いない。宇宙意識への融合に至る認識のプロセスは、その人に任されている。