時間と空間

時間と空間

この世界において、時間と空間の絶対的力を体感せずに生きることはできない。それは明白なことである。しかし、先の記事で述べたようにこの世界の時間と空間もまた『結果』であって、『原因』ではない。では、この世界における時間と空間の真の原因とはどのようなものなのか。今回は、この世界の時間と空間の真の真因について神聖幾何学を用いて考えてみる。

とある不死者の記録

古代エジプトを長きに渡り指導してきた偉大な教師”CHEQUETET ARELICH VOMALITES”が残した記録の書『エメラルドタブレット』には、この世界の時間と空間について、次のような記述がある。

かつて過ぎ去りし時、われ、住者に話しかけ、時間と空間との神秘につきて問えり。わが胸にわきおこれる疑問を住者に問いただして言えり。

「おー師よ、時間とは何ぞ。」

その時、彼、聖師はわれに言いたもう。

「知れ、おートートよ、始源には空虚にして無、無時間、無空間なりき。

 しかして無の中に目的を有し、すべてに遍満せる一想念来りて空を満たしぬ。

 そこには、物質は存せず、力、動き、渦、つまり空虚に満てる有目的想念のみ存せり。」

次いで、われ聖師に問いて言えり。

「その想念は永続するものなりや」

住者われに答えて言いたもう。

「始源には永遠なる想念ありき。

 しかして永遠たるべき想念には時間が存すべきなり。されば全浸透の想念の中に時間の法則生まれ育ちぬ。

 然り、全空間を通して存する時間は円滑なる律動運動をもって流れ、それは永遠に不変状なり。時間は変化せざるも、すべてのものは時間の内にて変化するなり。

 なんとなれば、時間は、適切なる場に分離せる各々の事象を保持する力なればなり。

 時間が動くにあらず、汝が時間を通して動くなり。そは汝の意識が一つの事象より他の事象へと動くが如きものなり。

 然り、時間によりて汝はすべてのすべて、永遠一者の存在として存するなり。たとえ汝が時間の内にて分離せりといえども、すべての存する時間において一者たるを知れ。」

『エメラルドタブレット』タブレット十 
時間の鍵より 抜粋

この中に、非常に簡潔に、しかも明白に、時間とは何か、についての記述がある。この記述に基づいて、時間についての、『原因の原因』、真の元とは何かについて図形にして確認していく。

虚無から有という状態

記述にある虚無とは、ここにあるように見出しから文までにの間に見えるような空白、もしくは、何も描かれていない真っ白な紙そのもののようなものである。

何も起こっていないが、全てが可能な状態でもある。そこに現れあるのは、その意志によって生じる潜在的状態であり、その状態とは、全浸透している一つの想念、つまり、全てを包括する『一者』である。これを奇跡講座では、『実在』と呼んでいる。

この世界にあるもの全ては、この『一者』、『実在』に他ならず、それ以外のものも、状態もあり得ない。全体は、常に全体であり、その一部が切り離されたものが『全体』とはなりえない。また、その状態も起こり得ない。それは、どこまでも、全体であり続ける。

その全体の状態は、全体であるがゆえに、また、決して変わりようがないがゆえに、『永遠』という状態が生じた。これが時間の始まりである。この時間とは、どこまでも果てしなくあり続け、決して変わらないという『一者』と同じ性質を持ち、なんら変わる事がない。

そして、その永遠という時間は、『一者』が持つ、力、動き、渦の要素によって、一定不変の律動運動を行う。この動きから、円(律動運動)のプロセスが生じ、共にプロセスを支えるための空間が生じる。

また、この『一者』の想念によって生み出された時間は、永遠という状態となって現れ、ともにまた同様にして、空間も無限に広がるという状態が現れる。

その『一者』が生み出した時間、空間の状態とは、次にような非常にシンプルな図形に表す事ができる。

この図にあるように、中心点からどこまでも伸びる放射状の直線。それは回転しながら動き、円の軌道を生み出す。そして、その状態は、はじめもなく終わりもない。どこまでも無限に続いている。

この状態は、本来、形として現れることはなく、この現れることのない図形を礎として、さまざまな図形が生じ、それぞれが完全な調和とバランスの中、果てしなく展開していく。

ひふみ神示

この状態は、ひふみ神示にも記されている。

総て分類しなければ生命せず、呼吸せず、脈うたない。分類しては、生命の統一はなくなる。其処に、分離と統合、霊界と現実界との微妙極まる関係が発生し、半面では、平面的には割り切れない神秘の用が生じてくる。一なるものは、平面的には分離し得ない。二なるものは、平面的には一に統合し得ないのである。分離して分離せず、統合して統合せざる、天地一体、神人合一、陰陽不二の大歓喜は、立体的神秘の中に秘められている。

ひふみ神示第十七巻 二日んの巻第二帖より抜粋

分離して分離せず、統合して統合せず、というのは、ここにある『一者』の表れとして生み出された時間と空間の真の真実の有り様として現れている状態と合致する。

このようにして、この世界の時間と空間は存在する。この時間と空間は、私たちがどのように考え、動いていたとしても、聖師の教えにある如く

『時間によりて汝はすべてのすべて、永遠一者の存在として存するなり。たとえ汝が時間の内にて分離せりといえども、すべての存する時間において一者たるを知れ』

という真の真実、原因の原因によって、実在の状態は変わらずに私たちと共にある。

これが、時間と空間の『原因の原因』、真の真因である。