真の真理
この世界において、真の真理を知る、ということは極めて困難なことだが、不可能ではない。それを知るには、それを知るだけの状態を自分の内に作る、それを理解できるだけの意識の器を用意する、それをそれとわかる認識力を作る、など、この世界の認識よりさらに拡大された認識が必要になる。
古代エジプトを長きに渡り指導してきた偉大な教師”CHEQUETET ARELICH VOMALITES”が残したこのような言葉がある。
真の真理とは
結果にあらず
原因たるを知れ
CHEQUETET ARELICH VOMALITES
この非常に短い文に、その叡智が輝き表れている。
この世界の真の原因を知る
先に紹介した言葉が示す通り、真の真理を求める場合、原因中の原因を知る、ということがわかればその状態に至る、という事がわかる。
この原因中の原因、というものを知ることは、この世界では困難を極める。というのも、この世界で原因とされているものは実は結果であって、原因ではないからである。
それは、全てにおいてそうだと言える。
物理的なものにせよ、心の状態にせよ、エネルギー的な状態にせよ、どれをとっても、何かを対象にして考察した場合、必ず、それが生み出されたものの前には、それが生じた原因、理由、元、が存在する。
例えば、手元にある本があるとする。
手元の本を読むことによって、自分の意識に新しい知識、感覚的体験や気づき、それらによる新しい心の状態が生じたことがあったとする。それは、状態として、自らの心や認識、意識の諸原因となったが、それは、原因中の原因ではない。
その前に、その『本』という状態の生じた原因あり、また、その本を生じさせたものの、原因の原因がある、という具合に、果てしなく、生じた原因を辿る事ができる。
同じようにして、心の状態もまた、以前の記事で見たように、樹木のように果てしなく原因と結果の世界が広がっている。
このようにして、この世界から、真の原因、原因中の原因にたどり着くというのは、果てしない努力と忍耐を必要とする事がわかる。
真の真理の真価とその力
その果てしない努力と忍耐を必要とする原因中の原因を知ることは、必要かどうか、それを知ったところで、意味があるのか、ないのか。
この問いに、私は、自信を持って『大いにある』と断言できる。
その理由は、それを知ること、それがそれとわかることは、つまり、実在としてこの世界で存在することと同じことになる。そして、原因中の原因を知る力は、聖霊と同じものとなり、原因中の原因を通じて、この世界では、奇跡と見える事が立ち現れる。
原因中の原因が、全ての結果を変更させる

上記の図の解説にあるように、聖霊のような、『実在に存在するもの』は、真の原因の領域にあるため、果てしなく辿っていく原因の元である『原因中の原因』とともに存在している。
それゆえに、『原因たるを知る』ということを真に体現しており、その力は、この世界を遥かに超越した状態をもたらす。
その力が本当にあるのかどうかについては、以前の記事で紹介した『聖霊による思考の取り消し』の手法において、この一番下の領域にある、問題の元となるものを『原因中の原因』の状態にある聖霊が全て取り消し、上に生じている膨大な量の思考の一群が瞬時に消滅することからも、原因中の原因、つまり、原因たるを知る実在の状態とは、この世界の全てを変更させる完全なる力のあるものだとわかる。
このようにして、真の真理を知ることは、『大いにある』と言えるのである。
