聖霊とは何か

聖霊とは何か

これまで、聖霊による思考の取り替えについて解説してきました。

聖霊による思考の取り替えについて説明する前に、聖霊とは何かについてまた別記事でご紹介する、とお伝えしていましたので、今回は、その記事になります。

それでは聖霊について、おおまかな解説を試みます。

聖霊

その存在について、父なる神と同様、言語での表現は難しいと言えます。ですが、その存在は、取り替えを通じて間違いなくあると確信していますし、この取り替えを実践された方々からも同様の感想を頂いています。

聖霊について、この世界で使われている言語で、全て語ることはできませんが、この世界での私たちとの関わりの中で、どのような働きをして、私たちをサポートしてくれているのかについては、言語による表現が可能である部分があるので、その点について解説を進めます。

聖霊

三位一体の一つ

奇跡講座の中で記述があるように、

父なる神、神の子、聖霊

の3つがそれぞれ同じ存在でありながら、それぞれの状態として存在している、という事を『三位一体』として表現されています。

その『三位一体』の一つの存在としての聖霊とは何か。その話をする前に、この奇跡講座が何を目的として開設されているのか、この講座の目的について、奇跡講座のテキスト編から第一章の抜粋をご紹介したいと思います。

その前に。

奇跡講座の目的を一言で言うとしたら、おそらく、このことになると思います。

奇跡講座の目的

真に自分自身を思い出す。

これが達成されるための講座である、と言うことは間違いないので、そのことをしっかりと念頭に置いていただいて、これからご紹介する奇跡講座のテキスト編からの抜粋をご覧頂きたいと思います。

奇跡講座 テキスト編 

第一章 奇跡の意味

1. 奇跡に難しさの序列はない。一つの奇跡がもう一つの奇跡よりも「難しい」とか「大きい」ということはない。すべての奇跡は同じである。愛はすべて最大限に表現される。

2. このような奇跡そのものは問題ではない。重要なのは奇跡の源だけであり、その源は評価できる範囲をはるかに超えている。

5. 奇跡は習慣であり、意図せずに起こるべきものである。意識的な制御化に置かれるべきものではない。意識的に選択された奇跡は間違った方向に向けられることがある。

7. 奇跡はすべての者の権利であるが、まずはじめに浄化が必要である。

9. 奇跡は交換の一種である。すべての愛の表現はその真の意味において常に奇跡的であるが、それらと同様に、この交換は物理的法則を逆転させる。奇跡は与える者と受ける者の両方に、より多くの愛をもたらす。

12. 奇跡は想念である。想念は、低次元すなわち肉体レベルの経験を表象することもできるし、高次元すなわち霊的レベルの経験を表象することもできる。一方は物理的なものを作り出し、他方は霊的なものを創造する。

13. 奇跡ははじまりでもあり終わりでもあり、それゆえに、時間系を変更する。奇跡は常に再生の肯定であり、後退するように見えるが実際には前進する。それは現在において過去を取り消すので、未来を解き放つ。

14. 奇跡は真理を証しする。奇跡は確信をもたらすが、それは奇跡が確信から生じているからである。確信なしでは、奇跡は魔術になりさがる。魔術には心が伴わず、したがって破壊的である。あるいは、心の非創造的な使用とも言える。

15. 毎日が奇跡に捧げられるべきである。時間の目的は、あなたが時間を建設的に使う方法を学べるようにすることである。したがって、それは教えるための仕組みの一つであり、目的達成の手段である。もはや学習の促進に役立たなくなったとき、時間はなくなる。

17. 奇跡は肉体を超越する。それは不可視性への突然の移行であり、肉体レベルから離れていく。それゆえに、奇跡は癒しをもたらす。

18. 奇跡とは奉仕である。それはあなたが他人に対して行える最大限の奉仕である。それはあなた自身を愛するようにあなたの隣人を愛する方法である。あなたは自分自身の真価とあなたの隣人の真価を同時に認識する。

21. 奇跡は赦しの自然なしるしである。奇跡を通して、あなたは神による赦しを他の人々にまで延長させ、それにより赦しを自らに受け入れる。

23. 奇跡は知覚を整理し直し、各々のレベルを真に正しい相互関係に配置する。これが癒しである。なぜなら、病気はレベルの混同から生じるからである。

24. 奇跡は、病める者を癒し、死者をよみがえらせることをあなたに可能にする。なぜなら、あなた自身が病気と死を作り出したのであり、それゆえに、どちらもあなたが廃することができるからである。あなたが一つの奇跡である。創造主と同じように創造することができるという奇跡である。その他のすべてはあなた自身の悪夢であり、存在しない。光による被造物たちだけが実在する。

25. 奇跡は互いに連結する赦しの連鎖の一部を成し、それが完結したときには贖罪となる。贖罪は、常時、時間の全次元で作動している。

26. 奇跡は恐れからの自由を表象している。「贖う(あがなう)」とは「取り消す」という意味である。恐れを取り消すことが、奇跡のもつ贖罪としての価値に不可欠な部分である。

28. 奇跡は恐れからの解放を獲得するための方法である。啓示は恐れがすでに廃されている状態を引き起こす。したがって、奇跡は手段であり、啓示は目的である。

33. 奇跡はあなたを尊ぶ。それはあなたが愛すべき存在だからである。奇跡はあなた自身についての幻想を一掃し、あなたの中の光を知覚する。こうして奇跡は、あなたを自分の悪夢から自由にすることにより、あなたの誤りを贖う。あなた自身の幻想による幽閉状態からあなたの心を解き放つことで、奇跡はあなたの正気を回復させる。

34. 奇跡は心を満ち足りた状態に戻す。欠乏を贖うことにより、奇跡は完璧な保護を確立する。霊の強さは侵入の余地を残さない。

36. 奇跡は正しい思考の手本であり、あなたの知覚を、神が創造したままの真理に一致させる。

37. 奇跡は、誤った思考の中に私が導入する訂正である。それは触媒として作用し、間違った知覚を分解し、それを正しく再構成する。これがあなたを贖罪の原理のもとに置くことになり、そこで知覚が癒される。これが起こるまでは、神の摂理についての智識は不可能である。

38. 聖霊は奇跡が起こる仕組みである。聖霊は神の被造物たちとあなたの幻想の両方を認識する。選択的にではなく、全的に知覚する能力により、聖霊は真実なるものを誤ったものから分離させる。

39. 聖霊が誤りを虚偽または非実相として識別するので、奇跡は誤りを溶解させる。これは光を知覚することにより闇は自動的に消え去る、というのと同じことである。

41.奇跡の内容として知覚されるものは、全一性である。そうして奇跡は欠乏という誤った知覚を訂正する。すなわち贖うのである。

42. 奇跡による主要な貢献は、孤立、剥奪感、欠乏という誤った感覚からあなたを解放する、その強さである。

46. 聖霊は最上位のコミュニケーションの媒体である。奇跡はそうした種類の親交(コニュニケーション)を含まない。なぜなら、奇跡は一時的なコニュニケーションの仕組みだからである。あなたが直接の啓示による神との原初のコミュニケーション形態に戻ったときには、奇跡の必要はなくなる。

47. 奇跡は、時間の必要性を減らす学習方法である。それは通常の時間の法則からはみ出した特異な時間枠を確立する。この意味において、奇跡には時間がない。

意識とは、状態であり、そこから行動が引き起こされるが、意識そのものが行動を喚起するのではない。


奇跡講座テキスト編 第一章より抜粋

聖霊の働き

先ほどの奇跡講座テキスト編からの抜粋にあるように、

聖霊は、最上位のコミュニケーションの媒体である。

そして、奇跡を必要とする段階においては、そのコミュニケーションは一時的である、つまり、その状態を意図し、聖霊によって自分自身が本来の状態として依頼したときだけ、その状態を回復する、と言うことです。

また奇跡講座で記されている

あなたが直接の啓示による神との原初のコミュニケーション形態に戻ったときには、奇跡の必要はなくなる。

と言うのは、次のような流れを指しています。

まず。

本来の聖霊による父なる神と神の御子とのコミュニケーションの媒体としての働きが回復。

結果。

これまでの思考の状態は消滅

自動的に。

本来の自分自身を思い出す

つまり、神の子としての状態として完全に自覚を持って気付いた、本来の自分を回復したということになります。

その『本来の状態』を回復するため、聖霊は、私たちの呼びかけに応じて、いつでも私たちの訂正を行ってくれ、最終的にはそれ以外にはなり得ない本来の自分自身を思い出す、という状態に導いてくれる。

それが、現在私たちが日常感じているの誤った知覚、思考の状態から父なる神が安全に、そして確実に私たちを本来の状態に戻すために設定された手段でもあります。

なので、日々、聖霊とともにある、と言うこと、また、聖霊によって自分自身のこころの状態を本来の状態へと取り替えてもらうこと、と言うのは自分自身を思い出すことへと直結しており、また、聖霊はそれが完全に可能だ、と言うことなのです。