聖霊による思考の取り替え 3

思考の問題点

思考を全体から観察した時、思考は断片であると理解できますが、思考の状態に埋没している場合、大きな問題が生じます。

それは、この断片的である状態にあるということ、また、実際に断片だいうことを理解しないまま、『これが全体である』、『これは完全に真実である』と確信している点です。この状態が問題を生みます。そして、この思考の状態は真実とかけ離れているため、それが引き起こす結果は、全体であるという本来のこころの健全な状態ではないため、大きな問題を生みます

さらに、この断片を断片として認識できない状態は、全体を全体として理解している本来の状態から自分自身を遠ざけ、整合性のない断片の集合した思考によって最終的にはこころが破綻します。

この思考の状態は、破綻した状態であっても、その状態を肯定し、これは仕方がないことだ、こういうものなのだと納得させようと努めます。

この断片の集合とも言える思考からの無理な説得状態は、顕在意識に上ることなく進行します。その結果、自分のこころの本来の健全な状態は気づかないうちに大きな矛盾を抱え、破綻し、次第に病んでいくことになります。

断片となっている思考とはどのようなものか

それでは、断片となっている分割された思考、その思考によって肯定されている認識とはどのようなものなのでしょうか。

包括的な全体としての認識以外はすべて断片であると考えて間違いありません

その中でも、特に重要視され、また、よく現れるものとして、先に述べた『正しさ』や、自分は『特別である』という思考があります。

ここでいう『特別である』というのは、非常に耳障りの良い肯定的なものとして、もしくは人生の目標のようなものとして私たちの社会に大きな力を持つ思考になっています。ところが実際には、『特別である』ということを通して、全体から切り離され、全体とは異なっているものでありたい、個としてありたいと願うこころから生じています。これは、全体を全体として理解するこころの本質からかけ離れた思考であり、それが素晴らしいことだと信じる思考や、その状態に魅力を感じる思考によって更なる断片化は避けられず、『正しさ』と同様に、『特別である』という思考は次第にこころを破綻させます。

こころを破綻させず思考を扱う

このような思考の断片化によるこころの崩壊を避け、病むことなく自分自身のこころを健全にしたい、という場合、重要なことがあります。

それは、思考は全的なもの以外はすべて断片的であり、思考の状態において常に”正しい”ということはない、ということを理解しておくことです

先に述べたように『正しさ』『特別である』ものを強く求める場合、断片的な思考に自分のこころが占拠されていると思って間違いないため、もし、自分自身が何か『正しさ』を求める場合、一度、自分のこころの状態をよく見つめる必要があります。

また、『こうでなければならない』、『こうあるべきだ』というある特定の状態を強いるこころの状態も同様に、その裏にある『正しさ』などの、断片化した特定の状態を求める思考の存在を見抜き、そこに気づくことが重要です。

またこの『正しさ』は、正当である、間違いない、こうであるはずだ、などとも言い換えることができます。

断片化した思考は、先に述べたように、ある特定の固定された認識の状態を強く求めます。結果、自分の経験を元に、ある側面から見た視点以外を受け入れられず、何かに囚われた状態を引き起こしやすくなります。また、非常に固定的な状態に固執したり、多方向からの視点認識、他の認識を受け入れないなどの特徴も持ち合わせます。

このような思考の状態とどのように関わって改善を進めるのか

これまで述べたように、思考は私たちの習慣となっているため、上手に関わることが必要です。

こころの健やかさを実現するために、まずは、自分の中に顕在意識の段階で上がってくる『正しさ』を見つけ、その思考を手がかりに、断片から全体へと統合されていくよう具体的に働きかけることで、こころは自然に健やかさを取り戻すことができます。

顕在意識に上がらない思考に対し、どう対処するか

先に述べたように、真実のこころの状態は、全体であり、包括的なものであるということを述べました。これはこころの全てにおいて適用できる真実です

そのため、こころの真実の状態は、時間、空間に制限されることはありません。このこころの真実の状態を活用し、断片的な思考を全体へと変化させる、という方法で対処していきます。

それでは、こころを崩壊させる原因となる思考に働きかけるための具体的な方法を解説していきます。